琉球王府は1682年、当時、美里村(現沖縄市)の知花、首里の宝口、那覇の湧田にあった窯場を、那覇の壷屋に集め、王国をあげて、陶工の養成や陶器産業の振興に力を注ぎました。
壷屋は良質の土や水が豊富で、港に近く、燃料の薪や特殊な土の調達もしやすいという好条件がそろっていたためです。

地区の南側に荒焼の陶工を集めてフェーヌカマ(南窯)が、東側に上焼の陶工を集めアガリヌカマ(東窯)がつくられました。こうして「壷屋焼」300年の長い歴史が始まったのです。
1976年には通産大臣より伝統的工芸品産業に指定され、全国にその名を広めました。
現在まで火を絶やすことなく、技術と技法を次の世代へと受け継いでいます。